【Thinking about.#9】向き合ったあなたと。

2019-05-15

5月のTa.始めます。令和。きれいな響き。

いかんせん、考えることが多い世の中ですね。もっともっと、純粋で美しい世の中がいいな。

胸騒ぎは治らないです。

今月の記事に関して

新しい香り。

https://www.apathy.jp/entry/2019/04/24/lisn-fragrance/

妹からもらったプレゼントですが、いつもと違うテイストでまた違った気分になりますね。

ケーブル界の万能選手。

https://www.apathy.jp/entry/2019/04/29/allroundo/

1本6役のマルチ充電ケーブル。僕もこんな人間になりたい。

ギャラクシー原宿でプロフィール写真を撮るべき

https://www.apathy.jp/entry/2019/05/11/galaxyharajuku/

こういうテクノロジーで新しい景色が見れるのが、大好きです。

今月のブログに関して

”今月の写真について“の処遇

アイキャッチ画像を今月の写真を用いて作っているからこそ、改めてとりあげるのはしつこいかなぁと思うようになってしまいました。

写真はきれいなものを使っているので、どこかっていう説明も加えて完成するような気もしています。どうすべきかは次回まで悩んでおこうと思います。

今月の写真に関して

奈良県吉野郡、天川村というところにある面不動鍾乳洞に遊びにいった時、近くの蕎麦屋さんの順番待ちが思った以上に長く、その前に面する川にで撮った写真です。広角の強みを生かせる青空と、透き通る川のきれいさが清々しかったことを覚えています。清流を使った蕎麦も美味しかったなぁ。

今月の考え事に関して

http://a.msn.com/01/ja-jp/AABj8Qk?ocid=se

最近、「売上の作り方」とか「利益の伸ばし方」とかよりも全然マクロの考えに陥ることがよくあります。こんな何もできないやつなんですけども。「残業して何になるんやろう」とか、「日本って経済成長する気あるんかなぁ」とか。ほんと些細なことなんですけど。

僕自身はすごく電子技術って迎合すべきものだと思っている一派なんですよね。だってみるからに便利じゃないですか。まぁ“日本の良いところ”である、弱者を救う精神っていうのも結構大事だと思うんです。ただ、そればっかり見てしまうと全く進まない気がしてならないんですよね。

上記の記事は電子先進国エストニアに多くあるスタートアップ企業に、日本人が訪れることを拒否され始めているという件についてです。僕もこの記事を読んでいて初めて知ったんですが、スカイプもこのエストニアで生まれたサービスなんですね。すごいなぁ…。

そんな中、日本企業は“表敬訪問”をするそうです。よく聞くなぁこの単語。僕自身表敬訪問をしたことはないんでわからないんですが、記事によると…

想像してみてほしい。皆さんの職場に観光気分の外国人が訪れて、プレゼンテーションを寝ぼけまなこで聞き、最後の質疑応答では沈黙。会社のロゴの前で写真を撮り、満足して帰っていく姿を。加えて、通訳を介するコミュニケーションが必要で、会話の速度は通常の二分の一。今後に向けたアクションステップを問われるとダンマリになり、「Keep in touch(連絡を取り合いましょう)」で終わってしまう。そして実際に連絡が取られることは2度とない――

だそうです。なるほど。これが表敬訪問をする理由か。下級国民にはさっぱりわからない戦略です。

たしかに、僕も最近自分自身のよくないなと思うところが一つ、本当に治したいことなんですけども、「質疑応答の質問がでてこない」ということです。話を聞いていないから、というわけではなく、その先に何を見ているか、という部分での自信がないのかなぁと勝手に解釈しているんですけども。

そういった状態で上がっていくとこうなる、なんて反面教師的に捉えられたので、しっかりとこれからも向上していきたいなと思う次第です。

向き合ったあなたと。

GWに入ったという言い訳はよしとして、結構間が空いてしまいました。ううむ。まだ文章には起こせないようなことが多々あり、脳みそがバグっちまっています。

人生では色々な分岐点が…なんてこと言うことありますけど、分岐点がこんな近い距離に連続することなんてあるのか、と思えるほど色々な決断を迫られ…もとい、自分から選択したまでなので、何もないんですが。

まぁお察しのいい方、身内の方はわかるとは思うんですけど、そういった大きな転機を迎えるにあたって、色々な人と話す機会がありました。

自分に対しての考え、想い、相手の方の生き方、そして鑑みたことを洗いざらい。本当に貴重で愛しい時間だったと思えます。言い方は良くないけど、これのためにそういう機会を得たといっても過言ではないほど。迷惑を本当にかけてしまいましたが。

”自分のやり方“が好きだったと言ってくれた人と会えた事、そしてその人が正しいということを証明できるよう、僕が立派になることこそがこの場合の正義だと、立ち返るために記事にしました。